風と木の詩
発表年:1976年2月。 発表誌:週刊少女コミック10号より連載開始。
この作品『風と木の詩』は、竹宮作品の代表作のTOPに必ず上がる。なぜならこの作品が「時代を変えた」「少女マンガを変えた」と言われる作品となったからだ。少年愛、ホモセクシュアル、BL(boy's love)、センセーショナルなベッドシーンの描写等々でいつも取り上げられるため、常に竹宮の代表作として紹介されてきた。
竹宮は、センセーショナルに取り扱われることは承知の上とはいえ、好奇な関心だけに終わることを残念に感じている。この作品に竹宮は個人の価値観や、社会への疑問、人の営みや感情の難しさなど、あらゆる方向への関心を出来る限りの客観性をもって表現したつもりであるため、誤解をせずに全体を読み込んでもらうことを願っている。
構想7年の後、別作品『ファラオの墓』のヒットを経て、やっと連載が許された。最初のページからベッドシーンが展開されるため、多くの少女誌編集者は読者の拒否反応を怖れたのであるが、案に相違して読者からは強い賛辞が贈られた。竹宮は読者の反応を怖れて、1ヶ月はファンレターを読むことが出来なかったが、内心は「読者を信じて」もいた。いまもその頃の読者がこの作品を支えている。
【ストーリー】
浅黒い肌の少年セルジュは南フランスのとある男子寄宿学校へ転校する。校長室を訪れた彼が見たのは校長に向かってみだらな視線を投げる美少年だった。その少年が学校の問題児であり、かつ男娼として扱われていることを知るが、セルジュの寄宿舎でのルーム・メイトがこのジルベールという少年だったのである。持ち前の正義感から、セルジュはジルベールを更生させるかのような言動をするが、ジルベールはそれをあざ笑うような行動を続ける。
カール・パスカル・クルトなど多くの同世代の友人との交流、過去に父の友人であった舎監ワッツや音楽教師ルイ・レネなどとの出会いを経て、セルジュの青春は豊かになってゆく。その中で、ジルベールとのやり取りは決して楽なものではなかった。何度もうんざりしながらセルジュは彼の存在の裏にある事情を知り始める。…そしてそれは、彼への愛情の扉がひらく一歩でもあった。
ジルベールという少年の育った過程とセルジュという少年の育った過程、二つの違いと二つの相似が、ぶつかり合い、混ざり合う…
地球へ…
発表年:1977年1月。発表誌:月刊マンガ少年1月号より連載。
この作品は『風と木の詩』と双璧の竹宮の代表作としてあげられるが、単行本にして5巻という短さである。発表年を見てわかるとおり、『風と木の詩』連載開始の1年後に重ねるように連載を開始し、月刊誌とはいえダブルの連載は相当に体力を消耗したと言える。もともと竹宮は少年マンガファンであり、女性漫画家が少女誌を目指したのは時代のせいでもあったから、少年誌からのオファーを「千載一遇のチャンス」と捉えた。『風と木の詩』の連載が軌道に乗り、堰を切ったように創作意欲を高めた時期でもあった。
本格SF作品として今は評価を受けている(日本SF大会にて第9回星雲賞受賞)が、竹宮にとっては初めてのSF連載であり、相手は少年読者であったため、かなりの緊張感を持って対処した。少年マンガファンであったことが功を奏し、画面構成などではむしろ『風と木の詩』よりも自由にふるまえたと語っている。また、『風と木の詩』で気を使うぶん、この作品ではストレス発散が出来たともいう。
この作品はまだ連載の途中であったにも関わらず、東映動画からのオファーによって劇場映画化された。長編の多い竹宮作品の中では短めの作品だが、劇場映画化のキャンペーンで機上試写などが話題になり、読者層も大きく拡がった。その一般的な読者層の厚さでは『風と木の詩』の比ではなく、『風と木の詩』と双璧の代表作となっている所以である。
【ストーリー】
少年ジョミーは14歳の「目覚めの日」を迎えていた。この世界では14歳の誕生日を迎える頃になると育ての両親の元から独立し、成人への道を歩くことになっている。「目覚めの日」への疑念を持つジョミーは当局から異端視され、数度の「ESP検査」を受けていた。その検査は普通人であるかESP(エスパー、この世界ではミュウと呼ばれる)であるかを判別するもので、ミュウと判定された者はこの世界で生き延びることは難しかった。
「目覚めの日」とは即ちこの世界の成人検査であり、社会適合性を検査される者であった。遊園地でジョミーの成人検査は始まった。夢の中で当局の操作に精神を制圧されそうになった時、介入してきたのはミュウの長、ソルジャー・ブルー。精神波(念)の世界でジョミーは当局の網から逃れるが、当局は既にジョミーを捕らえるべく、兵を配置していた。若いミュウの青年が手を貸してジョミーをその囲みから脱出させる。越えてはいけないとされた山を越えると、そこには荒野しかなかった。その瞬間に、ジョミーは自分が幼少期を過ごした世界がすべて作り物であったことを知る……
ファラオの墓
発表年:1974年9月。発表誌:週刊少女コミック38号より連載開始。
読者の支持と人気を得ることを『風と木の詩』連載のための条件と担当編集から課されて、竹宮が絶対にクリアする!と意気込んで始めた連載。最初は低迷したが、読者の支持を得るための様々な努力と勉強の結果、最終回から2回前には読者アンケート2位を果たした。このことが竹宮に連載成功の秘訣をもたらしたといっても過言ではない。『風と木の詩』では、もちろんその経験を活かして微細にわたる工夫をして読者の人気を得た。貴種流離譚(英雄が他郷をさまよいながら試練を克服した結果、尊い存在となる物語類型)などの類型を踏むことにも大きな意味があることを知ったと言える。
後に竹宮は、連載が後半にさしかかる頃には既に読者アンケートの結果よりも、ストーリーの展開と伏線の回収が楽しくなり、嬉々として物語を転がしていたと語る。最初の単行本のサイン会では2000人近くのファンを集め、支持も人気も連載終了の頃には揺るぎなくなっていた。連載終了は1976年の1月となるが、僅か1年半の連載ではあっても、週ごとに結果を見つめながら展開を変えられる週刊誌の連載は、結果次第でその作家の評価に大きく影響する力がある。
連載終了後、既に『風と木の詩』の準備が出来ていた竹宮は、すぐに連載開始のためのペン入れを始めた。しかし『ファラオの墓』は決して前座的な作品ではなく、今となっては充分に竹宮の代表作となっており、好きな作品の TOPにあげるファンも少なくない。この作品の海賊版が出た時、女性登場人物がすべて黒いブラジャーを着けていたことは、時代の趨勢を映していて面白い。
【ストーリー】
古代エジプト、エステーリア王国は隣国ウルジナの攻撃を受け、今まさに滅びようとしていた。両親と義兄を討たれ、まだ幼い妹ナイルキアを抱え、2番目の王子サリオキスは敵兵に追いつめられる。高い城壁の上から妹をナイル川に落とし、自分は短剣だけを携え地下道へ逃げ込む。しかしそれも空しく敵兵の槍の餌食となって捕らわれた。命はないものとあきらめる王子だったが、乳兄弟が現れて「あきらめず王国再興を」とささやく。奴隷として移動する際、ウルジナの狂王スネフェルと出会い、家族の仇を討つと心に誓う。
サリオキス王子は奴隷部落で狂王スネフェルに反感を抱く少数民族と出会い、彼らの伝説中の人物「砂漠の鷹」を体現する者として成長し始めた。ウルジナ王スネフェルは孤独を怒りで紛らすような人物だったが、ナイル川で敵国の臣に救われたナイルキアと事情を知らずに出会い、恋に落ちる。その恋はお互いの身分を知らずに生まれ、互いに互いの孤独を埋める純粋な愛を育んだ。「砂漠の鷹」としてのサリオキスと、その敵であるウルジナ王に愛されるナイルキア。二人の間でどちらも裏切れぬナイルキアは……